どんな人の物語にも価値がある
6月の終わりは自分を知る時間
こんにちは。6月も折り返しを迎えました。
あと2週間で1年の半分が終わります。そう聞くとなんだか少しあせる気持ちが湧いてきます。「あれ、私この6ヶ月の間になにができただろう?」 と。
その折り返し時間を迎える前に、この半年間をふり返る時間を持つのはよいかもしれません。
自分の心の中に問いかけて、この6ヶ月の間毎月どんなことがあった?その時にどんな気持ちだった?体の調子は良かったのか?今ひとつだったのか?を点検するのです。
できたこと・できなかったことをふりかえると、自分を責めることになってしまいます。
それはちょっと片隅に置いておいて。
それよりもまず、自分がどう感じたのか、自分の調子がどうだったのか? という「自分の状態」に注目をしてあげることが、すこやかに過ごすためには大切なのだと思います。
その人その人によってバイオリズムが違うので、同じ1年間を過ごすのも、忙しく過ごす時期、のんびりする時期、ぼんやりと過ごす時期、脇目も降らずに走る時期とグラデーションがあります。なんとなく自分のサイクルを知っておくと、過ごしやすくなります。
私は、大体毎年1〜3月は仕事の忙しさで走り回る、4月・5月は疲れ切っていてのんびり。この「のんびり」の時期に、一人で日帰り旅に行ったり、あてのない街歩きをしたり、会いたかった人に会って過ごすようにしています。
ずっと走っていたら疲れてしまいますから……。
そろそろ働かなくちゃ! となった5月の終わり頃から仕事の準備を始めます。
天候が不安定な6月は、日々の気温や湿度、お日様が出ているのかそうでないのかで、気持ちに波が生まれやすいので、少し余白を持ったスケジュールで仕事をしています。
もし「今日は調子が悪いな」と思ったらその日は手を緩めるようにして休む。その代わり、翌日にはがんばる。そんなふうにして1日で完結するというよりは長いスパンで物事を考えて取り組みます。
太陽が全開になる7月の下半期からは全力で仕事をがんばる。
小学生の子どもの夏休みが重なるけれど、子どもとアクティビティを時々楽しみながらも私もアクティブに。そして年末まで疾走します。
こうやって、自分なりのペースを知れるようになると、「なんとなく過ごしにくいな」が楽になります。無理に頑張りすぎなくてもいい。「自分を知ること」は、すこやかに過ごす日々のお守りになりますね。
与えられた真っ白のキャンバスに何を描く?
先週はZINEフェス東京というイベントに出店してきました。今年は3月から立て続けに5回、本のイベントやZINEのイベント、クラフトマーケットなどに出店し続けてきました。
先週の出店でひと段落したところです。
ところでZINEってなんだよという方のために少しだけ説明をしますと、ZINEとは本屋さんで売っていない自分で制作した雑誌や文庫、フリーペーパーのようなものです。リトルプレスや同人誌などと言われていることもあります(明確な定義の分類は諸説あるようなのですが、ここでは一旦割愛します)。
ZINEはテーマや制作スタイルには決まりがなくて、自由。文章をつづるのでも良いし、イラスト集、写真集でもよし。コミック形式の方もいれば、レシピ集の方もいます。「こうあらればならない」というのが面白いところです。
ところが、「こうあらねばらならない」か脱却し、自由だー!と両手を突き上げたのはそこそこに、自由ってなんだ、難しいぞ? となります。
なんの制約もない真っ白な世界に放り込まれてみると、何をどうすればいいのだろうとなるのです。「何のテーマについて書いてみようか?」「どんな紙を使おうか?」「写真集にする?エッセイにする?イラスト集にする?それとも……」「どんなデザインにする?」
決めることがたくさん出てきて、途端に悩むことになるのです。
これは、お部屋のインテリアやレイアウトを決めたり、結婚式のプランを決めたりするのと近い感じかも。一見なんでもアリなようで、自分のコントロールする力が求められるよなあと思います。
なんでもない物語だとしても、きっと誰かに届く
私にとって最もハードルが高かったのは「自分のことを書くのが難しい」ということでした。もう少し深く話すと、自分のことを文章に書くのはできなくはないのですが、自己開示するのが嫌でした。
「こんなこと書いて誰のためになるのだろう」「自分語りを読んで本当に面白いの?」と。
自分で制作を始めてからまもなく3年目に入る今は、その気持ちがずいぶん薄れましたが、「誰のためになるのだろう」精神は時々ちらりと顔をのぞかせては、引っ込めてのくり返しをしています。
そんなんだから、私の初めて制作したZINEは、自分のことに焦点をほとんど当てない雑誌形式のものでした。今も販売している、ワンテーママガジン『あのひとの居場所』です。
『あのひとの居場所』は「居場所」をテーマに、取材や対談、アンケート企画やブックレビューなどがちりばめられていて、まさに雑誌。自分のことを語るよりもテーマに基づいて様々な角度から問うというスタイルです。
だけど、テーマである「居場所」については私も思うところがあり、テーマを通して私の考えを伝えられるから、そこにほんのりとだけ「自分」を滲み出したのです。自分を語らずとも自分がと伝えられるから。
何かを生み出したいのに、自分を開くことは怖い。
なんだよ、この矛盾っぽい感じ。「ちょっと逃げてるやん」と思ったけれど、その時の私はこのアプローチが精一杯でした。
その後は読者とのやりとりや反応を見て、自分のことを開示しても良いのだと、自分に許可をしていくわけです。その話が前回のメールマガジンに書いた「固い自己開示の扉が溶けていった」件の話になるわけですが……。
そっか、失敗してもいいんだ。別にだれもジャッジしているわけではない! ならばもう少し気軽に自分のことだけを書いてみてみよう。と始めたのが、昨年制作したリソグラフのエッセイ集(個人的なことを語った文章)です。
リソグラフとは、版画のように版をつくり、それをコピー機で学校のわら半紙のような紙に印刷するスタイルです。カスれたり色ムラが出て、手作りのようなアナログな雰囲気がまた良いのですよ。
これを自分で印刷して、自分で紙を裁断して、自分で印刷する完全手作り。学校で壁新聞とか修学旅行のしおりをつくっている感じです。印刷も製本も自分だし、見た目も気軽な感じだから、自分のプレッシャーも弱まるしなあ! とこのスタイルにしました。
ところが思った以上にリソグラフを作るのがめっちゃめっちゃ難しくて。
文章を書く、自分のことを書く難しさよりも、自分で印刷することや、製本することの難しさにぶつかり嘆き続けることになるとは思わなんだでしたが……。その話はまた今度。
こんな感じで自分で手製本です……。表紙だけはちょっと厚めの紙を使用して、中面の本文は藁半紙で印刷しました。
そんなこんなで悪戦苦闘して手作りしたリソグラフを販売し始めて驚いたのが
「あれ? う、売れる……」ということでした。
儲けたいとかそういうことではないのですが、誰がこんな個人的な話に興味があるんだ? と半信半疑でした。「その話、聞いてみたい。読んでみたい」と手に取る方の多いこと。
そして「面白かったよ」という感想をいただけること。
そうか、別にすごい話でなくても良いんだよね。難しいことを書いていなくても良いんだよね。
今更ながら思わされました。
なんてことのない日常かもしれないけれど、誰かにとっての共感となり、気づきとなり、発見となる。そんなことがあるかもしれない。
共感や気づき、発見はとりたてて大きな出来ごとでなくても良いのでしょう。
そもそも毎日大発見や大事件が起きるわけではない。日常の多くはなんてことのない日々であり、誰に伝えるほどのことではない淡いゆれ動きの連なりです。
言葉にすることもないけれど、だからこそ人は、だれかの淡い色合いを知りたいと思うのかもしれません。
「誰にも伝えていないけれど、伝えられないけれど、その人その人の物語には価値がある」
人に対してはこの言葉を強く自信を持って言い切れていたのですが、最近ようやく自分に対してもそう言ってあげられるようになりました。
※このレターは月2本、毎月1日と15日に配信予定です。1ヶ月の始まり、折り返しとなる15日に自分の内側をふり返る。私にとっても読み手の方にとってもそんな時間となるように願っています。
■ニュース
オンラインショップ情報
居場所について考えるワンテーママガジン『あのひとの居場所』他オンラインショップで販売中です。メールマガジンにも書いたリソグラフも販売準備中です!7月販売開始予定。
https://kaoru-ngm.stores.jp/
■イベント
直近の予定は決まっていないのですが、9月以降ZINEのイベントに出店予定です。今回は関西と福岡への出店を検討しています。決まりましたらお知らせいたしますね!
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発行人:日々の声 永見 薫
HP:https://kaorunagami.com/
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